群青とセピア

夕泳と申します。作品のこういうところが美しい!ということを語ります。基本的にネタバレあり。コメントご自由にどうぞ(^^)d

かぐや姫について その2

 

 

先日記事にしたかぐや姫の物語」、

常時、不安の書の私としてはやはり、かぐや姫には精神疾患者としてのシンパシーを感じてしまう。

 

というか、

極端なことをいえば、姫の証言する「月からきた」や「月へ帰る」など月関連のことは

姫の精神疾患から由来する妄想だと考えると理解がよりクリアになるのではないだろうか。

 

これは、心を病んだ姫が人生とか生きることについて深く向き合った内的心理過程の話だとも言えなくもないのである。

 

 

その意味で

この映画の最重要キーワードは

「巡って心を呼び返せ」。

 

まわる、水車、月……など劇中には丸いものが沢山登場する。

丸い円は完全性(全一なるもの≒モナド)を表す。

けれど人間の生は永遠に完成は来ない。

故に死ぬまで人生の丸い円に終わりは来ない。

生きることは終わりのない円型曼陀羅を何重にも描き続けることでもある。

 

人の心には葛藤が必ずある。

生きること≒葛藤

相反する2つのことを1つにすることの繰り返しで、限りなく綺麗な円に近づいていく。

 

例えばそれは

地上的なる女性と、天上的なる男性の結合がひとつの象徴としてあるが

 

姫は男性的なものとはひとつにはなれなかった。

そこでどんどん地下の深みへ沈んでいく。

地下とは深層心理のことでもあり、

下へ潜る力は同時に、上へ向かう力も作動させることになる。

 

人のいちばん分からないことは心だ。
心についてはっきりしていることは、行って帰ること(≒巡ること)。
姫はその事を言っているのだと思う。

 

 

 

clamp X の11巻に収録されている皇昴流のスピンオフ(アニメ版は9話)は、

竹取物語」における、かぐや姫の病的な側面が色濃く出ている作品のひとつ。

…だったような記憶があるが、忘れかけているので確認後、この文章は改めて修正する。

参考まで。

 

X(11) (あすかコミックス)

X(11) (あすかコミックス)

 

 

 

 

 

君を忘れて何処へ行く / やながみゆき