群青とセピア

夕泳と申します。作品のこういうところが美しい!ということを語ります。基本的にネタバレあり。コメントご自由にどうぞ(^^)d

蟲師 緑の座

蟲師における光脈は、精新世界を表している。

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ギンコが眼を閉じて下に流れる光脈を感じているシーンは、ギンコにとって精新世界が物質世界の下にあり、現実を生きながら無意識の世界を静かに尊重しているという、最強の悟りを描いているが……。

 

 

「緑の座」に登場する少年はこの光脈を成している「蟲」がみえる。つまり、ギンコと同じく下にある精新世界を重んじる境遇に置かれている人間である。

だが、この性質は万人には理解されにくく、そのため価値観のズレが生じ、ひとりで生きていくことを余儀なくされている。

 

この性質は少年の祖母の抑圧が産んだことなのだ。

しかしここで大事なことは、祖母も孫の少年もどちらも二律背反であり、互いに引き合い、必然的で、それがなければ存在し得ない、という関係性であることである。

 

祖母が孫のために(自分の生存戦略のために)心の半分を置いていかねばならなかった。

そして孫は祖母が心の半分を置いてきたことで、特殊な能力を授かり、人と付き合うのが難しくなった。

 

祖母が心を置いていくことになったのは、宴に招かれたからだが、

この宴は神聖であると同時にカラスの乱入という、悪魔的な面もあり、運命や必然を意味しているのではないだろうか。

 

また、祖母の半分かけた杯は、杯≒器≒心みたいなものだと私は思えるのだが、このもう半分を孫の秘密の力で具現化し(杯は世代に渡り継承されるというのは、転移の病理を指しているのでは)、2つの欠けた杯を合わせることで抑圧が解消されるのである。

 

祖母は心を冥界に半分置いているので、孫の秘密の力を理解できない、ここに葛藤が生じているのだが、ギンコが少年に、人と人が理解しあうことの難しさを優しく説くところなんか、作者の漆原友紀先生の優しさが滲み出ているところなんだと思う。

 

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