群青とセピア

夕泳と申します。作品のこういうところが美しい!ということを語ります。基本的にネタバレあり。コメントご自由にどうぞ(^^)d

平行世界

ここ数日、ミヒャエルエンデの本を立て続けに読んでいるのだが、そのなかで『エンデのメモ箱』という本に"平行ものがたり"というメモ書きがあった。

以下、本文抜粋

 

"二つの物語が平行して進むことができるのではないか。本の左ページと右ページにわかれるとか、同じページで左右半分ずつにわかれているならもっとよい。ときどき登場人物が片方からもう片方の物語へ移ってしまう。…

平行した二つの世界は、気づかぬうちに、互いに影響すべきだろう。つまり、片方の物語で誰かが電灯を消すと、もうひとつの物語で、唐突に誰かが盲目になるというように…

平行した二つの物語は循環する構成でもよい。互いに平行して、始まりと終わりだけ一緒になるわけだ。…"

「エンデのメモ箱」より

 

さてここで、このような平行世界、パラレルワールドを本の特性(本それ自体)を活かして表現している作品を3、4つ挙げようと思う。

 

 

MICHI みち / junaida

Michi (福音館の単行本)

この本は、表表紙からは少年が、裏表紙からは少女が、ページを捲るごとに様々なテーマの世界を通り抜け、ちょうど真ん中のページで2人が出会う仕掛けになっている。

さらに、真ん中のページが表紙に帰ってきて(行きて帰りし)、またはじまる循環構造をとってもいる。

 

 

 

ハンナのひみつの庭 / アネミーヘイマンス

ハンナのひみつの庭 (大型絵本)

家族再生を主題にした幻想的な絵本である。

姉と弟のそれぞれの場面が左右のページに分かれて物語が進む。

 

 

 

xxxholic / clamp

×××HOLiC(1) (週刊少年マガジンコミックス)

 

ツバサクロニクル / clamp

ツバサ―RESERVoir CHRoNiCLE (1) 少年マガジンコミックス

 

ともにclampが、2つの異なる世界観の作品を同時連載したものである。どちらの作品も互いに影響し、登場キャラが往き来する。

ツバサでは主人公たちがさらに次元を越えたさまざまな平行世界を旅する。またホリックでは、あるキャラクターの死後を、ツバサと連動して複雑な縁でつながるキャラクターが循環するかのように継ぐ。

 

 

鏡のなかの鏡 / ミヒャエル・エンデ

エンデ全集〈8〉鏡のなかの鏡

30頁からなる短編集のようだが、前頁の最後に出てきたモチーフなるものを次頁の冒頭に引き継ぐ形で、次から次へと夢変化していきながら、途切れ途切れの夢のようにまったく異なる世界を物語る。

しかし最後の30頁目で(これまで物語ってきた異なる世界がすべて繋がることを読者に漠然と悟らせ)、はじめに帰る(行きて帰りし)ような仕掛けになっている。

 

 

パラレルワールドは、自分が思ってもみないところで自分というものがあらゆる次元、場所、ひと、もの、歴史…等々と繋がっているのだと改めて考えさせられる概念だ。

気づいてしまったら、もう気づかなかった頃には戻れない。気づいたときはそれは既に私と繋がっている。適当に持ち上げたコップにも私がいる。

 

上に挙げた作品群は、(最後のエンデの作品を除いて)本は初めの頁から最後まで順に読んでいくという普通の概念に留まらず、そのような本の機能(本の宿命とも)まで素材にしてしまった斬新な可能性の賜物だと思う。