群青とセピア

夕泳と申します。作品のこういうところが美しい!ということを語ります。基本的にネタバレあり。コメントご自由にどうぞ(^^)d

自我と無意識の関係

こんにちは夕泳です。

久しぶりに読書レビュー。今回読んだ本はこちら。

 

自我と無意識の関係 C.G ユング

自我と無意識の関係

河合隼雄著『ユング心理学入門』とフロイトの『自我論集』を先に読んでおくと理解がスムーズです。

 

まず始めに、心理学は自己啓発のような方法論ではないことを断っておきましょう。

人それぞれ心の段階は様々で、心理学は当人が自分自身の心と向き合う手伝いをする補助的なものだからです。

 

 

さて、前のブログでも書きましたが、ユングフロイトは、心には意識と無意識があることを発見した人たちです。

ユングの著書を読む前にフロイトの著書をかじっておくと、フロイトと比較しながら読めるのでおすすめです。

 

フロイトは全ての欲望の根元はリビドーだという考えですが、ユングはそこに元型論を持ち込みます。また、フロイトが無意識の領域をネガティブなものと捉えていたことに対して、ユングは無意識の領域に可能性を見いだしました。

 

フロイトはスピリチュアルなことに嫌悪感を抱いている様子がうかがえますが、その点ユングは寛容のようです。

 

ユングフロイトは、精神病は後退すると言います(精神病に限らずともですが、程度が激しいという意味で)。そのために人類の起源に遡る必要があったのでしょう。原生生物や未開人の例も出てきます。

 

私は、ユングは宗教も魔術もUFOも、すべて人の心が映し出す虚像であることを前提として論を進めていると思います。

ですがユングにとって重要なのは虚像か実像か、真偽が問題ではないのです。

虚像ではあっても、それを人が見ていることは間違えようがない事実なのです。

 

そこには人の心の動きが関わっている。だからこそ彼はあえてアニマやアニムスなど元型に迫ったのでしょう。

人が惑わされているもの(集合的無意識)を人格化し、区別させることで、自分を自覚し、やっと現実を受け入れることができるのだと。

 

ユングの文章は、考えながら書いているといいますか、人の心という抽象的な概念について書かれたのでどうしても形而上に陥りそうですけれども、実際の臨床経験に基づいて得られたことであり、緊張感のある一種芸術的な読み物としても楽しめるのではないかと思います。

 

 

私は最近、ひとつの命は、それ自身ひとつの命では決して完結できないものだと改めて感じています。

一つ一つの個体は異なっているけど、それらが集まって全体にひとつになっている(スイミーか🐟?)。

死の欲動も生の欲動も相反するものだが、一方で実はどちらも目標は0に帰ることだ。

はじめは0だったものに生命(刺激)が与えられ、人生という長い迂回を得た後、また0に帰る。

中学で習うエネルギー保存の法則ですね。

生きている間中、外部から刺激を受け、それを自己の中で分化し、上手く昇華するか失敗して気が狂うか。

その繰り返しでようやく陰と陽が混ざり合い、折り合いもつき、いちいち外からの刺激に反応しなくなるんでしょうね…。

 

それではまた次の読書レビューでお会いしましょう。またねー✋